なぜ「方法論的基盤」なのか
現代の経営学や経済学が直面する課題は、要素が複雑に絡み合い、単純な因果関係では割り切れないものばかりである。本研究室では、これら社会や組織の複雑な問題を、精神論や印象論ではなく、科学的なモデル化・シミュレーション・検証、そして現実社会への実装と参加の対象として扱うための「方法論的基盤」の構築と実践を目指している。
その核となるのが、「計算論的思考(Computational Thinking)」、「システム思考(Systems Thinking)」、そして両者を媒介する「デザイン(Design)」の3つの要素の融合である。
1. 3つの思考様式の相補的関係
システム思考
構造理解の力
要素間の因果関係、フィードバックループ、時間遅れ、ストックとフローの構造を捉え、そこから創発する全体としての振る舞いを把握する。これにより「問題の構造を見誤らない」力を担保する。
計算論的思考
実行可能性の力
問題を分解し、パターンを認識し、抽象化することで、アルゴリズムとして手順化し、計算機によって実行可能な形(モデル・シミュレーション)に変換する。「問題を解ける形に変換する」力を担う。
デザイン
意味ある介入の力
問題を人間の経験や社会的文脈の中で捉え直し、望ましい未来に向けた介入の形を構想する。何を問題として定義するのか、誰にとって望ましい解決なのか、どのような形で現実の行動や制度に埋め込むのかを問う役割を果たす。
計算論的思考だけでは局所最適化に陥り全体構造を見落としやすく、システム思考だけでは洞察を検証可能な形に落とし込めない。デザインは、これら2つの思考を現実の実践へと接続する媒介となる。
2. 本研究室が目指す探究のサイクル
本研究室では、以下のサイクルを通じて、政策、組織改革、教育、地域づくり、情報システム開発などの領域にアプローチする。
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システム構造の把握:システム思考によって複雑な因果構造を把握する。
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モデル化とシミュレーション:計算論的思考によってその構造を計算モデルとして明示し、シミュレーションによって挙動を観察・検証する。
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批判的解釈とデザイン:シミュレーション結果を現実のデータと照らして批判的に再解釈し、その知見を人間が理解し、受け入れ、行動を変えられる形(現場で使える制度、サービス、インターフェース、学習環境、組織プロセス)へと翻訳・設計し直す。
重要なのは、単に「正しいモデル」を作ることではない。そのモデルに基づいてどのような選択肢を提示し、どのような相互作用を設計し、どのように人々の納得や参加を生み出すかである。
3. AI時代に求められる人材育成
AIの発展により、計算の実行可能性が飛躍的に高まった現代において、改めてこれらの方法論的基盤の重要性が再評価されている。
したがって、これからの教育において重要なのは、単に「プログラミングを教える(コードを書く)」ことではない。システムの構造を理解し、計算によって仮説を試し、結果を批判的に解釈する力に加えて、その知見を人間にとって意味のある形に設計し、現実の行動や制度の変化へとつなげる力を育てることである。
構造を読み、モデルを作り、未来の選択肢をデザインする
本研究室では、構造を読み、モデルを作り、未来の選択肢をデザインできる人材の育成を目指している。研究室での学びについては 研究室紹介 を、実際の成果物は 研究成果 のページをご覧いただきたい。
4. 研究室方針文書
上記の方法論的基盤を土台に、本研究室の研究・教育の方針を「AIエージェント経済学(AI Agent Economics)」として一つの文書にまとめている。研究室の使命と定義、学問的背景、研究方針、学習目標、必要なスキルセット、運営と行動規範などを体系的に記述したもので、研究室活動を通じて継続的に改訂している。
KKLab 研究室方針 — AIエージェント経済学の確立に向けて 第2版
PDF全18ページ2026年5月 初版2026年9月 第2版
従来の経済学・経営学が「説明する科学」として発展してきたのに対し、本研究室はサイモンの「設計の科学」、ロスの「工学としての経済学」、エージェントベース計算経済学の系譜を継ぎ、AIエージェントを媒体として制度・組織・市場を設計・実装・評価・運用する研究室として自らを位置づける。AIエージェントを (a) 経済主体のモデル、(b) 制度・市場・組織の参加者、(c) 設計と運用の道具という三つの視座から扱い、モデル化・実装・実験/評価・運用の四工程を循環させる研究方針、重点研究テーマ(T1〜T6)、ビルダーからAIエージェント経済学者へ至る三段階の学習目標、倫理と行動規範、想定される批判への応答、用語集を収録している。